■ 高齢者の糖尿病治療
◇高齢者の糖尿病
❑ 平成30年国民健康・栄養調査によると、70歳異常の男性の約25%、女性の約16%
が糖尿病であるとされています。
❑ 加齢に伴うインスリン分泌の低下、体脂肪量の増加、筋肉量の低下、活動量の低下
などが、発症・増悪因子とされています。
❑ 75歳以上のかたや、機能低下がある65歳以上のかたは、注意が必要です。
◇高齢者糖尿病の特徴
❑ 低血糖や食後高血糖をおこしやすい反面、その症状
(発汗、動悸、震え等)が出現しにくい。
❑ 脳卒中、心不全、腎症をきたしやすい。
❑ 老年症候群(認知症、フレイル、サルコペニア、
ADL低下、転倒、うつ)の合併頻度が高い。
❑ 多種類の薬を内服、飲み忘れ・飲み間違えなどにより、薬の有害事がおこりや
すい(本人・家族・介護者の協力が必要)。
■ 高齢者糖尿病の治療目標
❑ 高齢者の糖尿病治療は、全体的な状況(認知機能、
身体機能、併存疾患、低血糖のリスク、推定される
余命)を把握し、総合的判断することが重要です。
❑ 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標を用い、治療
目標を設定します。
◇日常生活動作の評価
❑ 日常生活を送るために必要な能力を評価します。
❑ 「基本的ADL」「手段的ADL」など評価します。
❑ 「基本的ADL」:車椅子からベットへの移乗、歩行
階段昇降、食事、トイレ動作、着替え、整容、入浴
❑ 「手段的ADL」:電話、買い物、料理、家事、洗濯
交通機関を使っての外出、薬の管理、金銭管理
❑ DASC-8 やDASC-21などをもちいて評価します。
◇フレイルの評価
❑ 「フレイル」とは、筋力・活力が衰えて、からだの予
備能力が低下要介護にいたる前段階の状態です。糖
尿病の管理では、十分なエネルギーとたんぱく質を
摂取するようにします。
❑ 「J-CHS(Japanese version of Cardiovascular
Health Study)の診断基基準」や「簡易フレイル・
インデックス」などを用いて評価します。
◇サルコペニアの評価
❑ 「サルコペニア」とは、筋肉質・量、身体機能の
低下した状態です。歩行速度がおそくなり、歩行
補助具(杖や押し車など)が必要になります。体重
減少や筋力下により、糖尿病では1.4~4倍で転倒
しやすいといわれています。人が日常生活を送る
ために必要菜能力を評価します。
➢ * AWGS2019サルコペニア診断基準
◇認知症の評価
❑ 糖尿病では、約1.5~2.5倍認知症になる可能性が
高いといわれています。注意力や記憶力などの低下
のため、治療の調整や家族のサポート、地域の支援
が必要です。
❑ DASC-8 や DASC-21(地域包括ケアシステムにおけ
る認知症アセスメントシート)で評価します。
◇心理状態の評価
❑ 高齢者は、うつやQOLの低下をきたしやすく、
GDS-15等で評価します。
・ 5点以上:うつ傾向
・ 10点以上:うつ状態
◇栄養状態の評価
❑ 血液検査やGLIMの基準を用いて、低栄養等を評
価します。
■ 高齢者糖尿病の治療目標
◇ カテゴリーをⅠ、Ⅱ、Ⅲと分類し、治療目標を設定します。
➢ 認知機能、ADLの程度、機能障害、栄養状態、低血糖リスク、サポート体性
を考慮し決定します。
■ 一日エネルギー摂取量
◇目標体重
❑目標体重の目安
➢ 65歳未満 [身長(m)]2×22
➢ 65~74歳 [身長(m)]2×25
➢ 75歳以上 [身長(m)]2×25(現状をふまえ適宜評価)
◇エネルギー係数
❑ 身体活動レベルとエネルギー係数(㎉/㎏)
➢ 軽い労作(大部分が座位の静的活動)
25~30 ㎉/㎏(目標体重)
➢ 普通の労作(座位中心だが通勤・家事、軽い運動習慣)
30~35 ㎉/㎏(目標体重)
➢ 重い労作(力仕事・活発な運動習慣)
35~ ㎉/㎏(目標体重)
◇一日エネルギー摂取量
上記の「目標体重」と「エネルギー係数」を用いて、「1日のエネルギー摂取量」
を設定します。
1日のエネルギー摂取量(㎉/日) = 目標体重(㎏) × エネルギー係数(㎉/㎏) |
■ 食事療法の注意点
❑ 栄養状態を、MNA-SF簡易栄養状態評価表などで評
価します。
❑ 適正なエネルギー量、バランスの取れた食事が重
要です
❑ 高齢者では低栄養に注意します。
❑ エネルギー比率は、・炭水化物(50~60%) ・蛋白質(20%)
・脂質(20~30%)です。全体のバランスが大切です。
❑ 腎不全がなければ、筋力保持目的で十分なたんぱく質をとります。
❑ 血糖、脂質コントロールの観点から、緑黄色野菜の摂取が勧められます。
■ 運動療法の注意点
◇ 定期的運動(身体活動や歩行)は、代謝異常の是正・生命予後・ADL維持
・フレイル予防・認知機能低下の抑制や体力維持や気分転換に有効です。
◇有酸素運動
❑ 運動強度は、「楽である」程度のウォーキングによ
り血糖値は改善します。
❑ 1週間の合計150分程度 (1回60分×2~3日)。
❑ 運動しない日を2日以上続けない。
❑ 日常生活活動量を増やす(掃除・洗濯・料理・買い物・孫の世話)。
❑ 食後一時間後が望ましい。
◇レジスタンス運動
❑ 腹筋、ダンベル、腕立て伏せ、スクワットなど、ス
クワット、つま先上げ、踵上げ、膝伸ばし、など。
❑ 連続しない日程で、1週間の2~3回程度 (1回
60分程度)。
❑ 運動しない日が2日以上続かないようにします。
❑ 腰痛や膝痛がある場合は、水中歩行・椅子に座ってする運動でよい。
❑ 有酸素運動と併用すると、より効果的です。
◇バランス運動
❑ バランス運動:生活機能の維持・向上や転倒予防に
有用。
❑ 片足立位保持、ステップ練習、体幹バランス運動等
ストレッチ
❑ 柔軟性を改善します。
❑ 大腿四頭筋伸ばし、アキレス腱伸ばし、各関節や筋
肉伸ば、推奨されます。
❑ 歩行+レジスタンス運動+バランス運動により、転
倒予防に効果があります。
運動困難な場合
❑ レジスタンス運動や低負荷運動のみでも、筋力増
加、移動能力向上、身体機能改善が期待できます。
❑ 洗濯、掃除、料理、買い物、イヌの散歩、子供の世
話など日常生活行動を増やすことも効果あります。
運動制限・禁止
❑ 運動療法を禁止あるいは制限した方がよい場合
(運動する前にメディカルチェック)
➢ 空腹時血糖値250㎎/㎗以上、尿中ケトン体中等
度以上陽性)
➢ 虚血性心疾患や心肺機能に障害のある場合
➢ 骨・関節疾患がある場合
➢ 急性感染症のある場合
➢ 次の糖尿病性合併症がある場合
・腎不全
・糖尿病壊疽
・自律神経障害(高度)
・増殖前網膜症
■ 薬物治療の工夫
❑ 服薬時間・種類・回数を統一します(服薬数・回数の単純化)。
❑ 配合薬・口腔内崩壊錠や貼付剤など剤形を工夫します(合理化)。
❑ 出勤前や帰宅後など、介護者が管理しやすい服用法に変更(服薬サポート)。
❑ 一包化調剤や服薬カレンダーを利用します。
❑ 自己注射の減量、離脱をはかります(簡易化)。
❑ 低血糖の少ない薬剤への変更(少量メトホルミン+DPP-4阻害薬など)。
■ 薬物治療の実際について
ビグアナイド系(インスリン分泌非促進薬)
・メトホルミン塩酸塩(グリコラン®、メトグルコ®)
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❑ 特徴
➢ 肝臓での糖産生を抑制します。
➢ 末梢組織(筋肉を中心)でのインスリン感受性を促進します。
➢ 消化管からの糖吸収を抑制します。
➢ 心血管死亡のリスクを減少させる可能性があります。
➢ 単剤では低血糖をおこしにくい。
➢ 体重増加しにくい。
❑ 注意点
➢ 腎機能低下例では投与量に注意が必要。
➢ 75歳以上は慎重投与。
➢ 最高投与量:・45≦eGRR<60の場合:2250㎎
・30≦eGRR<45の場合:750㎎
➢ 乳酸アシドーシスに注意が必要。
➢ 少量から開始することにより,胃腸障害を避けることができる。
➢ 長期使用でビタミンB12が不足する場合があり。
➢ カテゴリーⅡ~Ⅲ患者は、体重減少や消化器症状に注意する。
チアゾリジン薬(インスリン分泌非促進薬)
❑ 特徴
➢ 末梢組織でインスリン抵抗性を改善します。
➢ 肝臓からのブトウ糖放出を抑制します。
➢ 単剤では低血糖の可能性低い。
❑ 注意点
➢ 体液貯留作用あり、心不全(既往含む)では禁忌。
➢ 高齢女性では骨折頻度が上昇する可能性。骨粗鬆症のリスク上昇の可能性。
αグルコシダーゼ(インスリン分泌非促進薬)
・アカルボース(グルコバイ®)
・ボグリボース(ベイスン®)
・ミグリトール(セイブル®)
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❑ 特徴
➢ 腸管での糖の吸収を遅らせます。
➢ 効果は弱いが、他の経口血糖降下剤との併用に優れています。
➢ 体重増加がしにくい。
❑ 注意点
➢ 食直前の服用が煩雑。
➢ 腹部膨満感、放屁の増加、下痢が時々みられ、腹部手術後の方は注意を要す。
➢ まれに肝機能障害がみられる。
SGLT2阻害薬(インスリン分泌非促進薬)
・イプラグリフロジン(スーグラ®)
・ダバグリフロジン(フォシーガ®)
・リセオグリフロジン(ルセフィ®)
・トホグリフロジン(アプルウェイ®)
・カナグリフロジン(カナグル®)
・エンパグリフロジン(ジャディアンス®)
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❑ 特徴
➢ 尿から糖排泄を促進します。
➢ 血糖低下と体重減少効果があります。
➢ 腎機能低下例(eGFR が30ml/分/1.73m2未満)は効果弱く使用しません。
➢ 低血糖の可能性は低い。
❑ 注意点
➢ 老年症候群(サルコペニア、認知機能低下、ADL低下など)の場合は慎重投与。
➢ 75歳以上あるいは利尿剤併用中の場合は、脱水に注意。
DPP-4阻害薬(血糖依存性インスリン分泌促進薬)
・シタグリプチンリン酸塩(グラクティブ®、ジャヌビア®)
・ビルダグリプチン(エクア®)
・アログリプチン安息香酸(ネシーナ®)
・リナグリプチン(トラゼンタ®)
・テネリグリプチン(テネリア®)
・アナグリプチン(スイニー®)
・オキサグリプチン(オングリザ®)
・トレラグリプチン(ザファテック®)
・オマリグリプチン(マリゼブ®)
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❑特徴
➢ DPP-4選択的阻害により、GLP-1濃度を高めます。
➢ 体重増加が起こりにくい。
➢ 低血糖の可能性は低い。
❑ 注意点
➢ SU剤、インスリンとの併用で、低血糖を起こす可能性あり。
➢ 急性膵炎や水疱性類天疱瘡などの発症に注意が必要です。
GLP1受容体作動薬(血糖依存性インスリン分泌促進薬)
・リラグルチド(ビックトーザ®)注射
・エキセナチド(バイエッタ®)注射
・リキシセナチド(リキスミア®)注射
・リキシセナチド(ビデュリオン®)注射
・デュラクルチド(トルリシティ®)注射
・セマクルチド(リベルサス®)内服
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❑特徴
➢ 低血糖の可能性は低い。
➢ SU剤、インスリンとの併用で、低血糖を起こす可能性があります。
➢ リキシセナチド(リキスミア®)・徐放型エキセナチド(ビデュリオン®)
・デュラクルチド(トルリシティR)はインスリンと併用可能です。
➢ 少量から開始することにより,胃腸障害(食欲低下・嘔気・嘔吐)を回避。
*)リベルサスR
(経口GLP-1) 経口のセマグルチド |
GLP-1受容体作動薬の経口薬ですが、服用に注意点があります。
・ 服薬方法やタイミングが複雑です。
・ 空腹時(朝起床時)に必ず服用します。
・ 服用時は、コップ半分(約120ml以下)の水で服用します。
・ 服用後30分は、飲食や他剤内服は不可です。
・ メトホルミン、SGLT2阻害薬、チアゾリジンは併用可能(減量不要)です。
・ SU剤との併用時は、低血糖に注意です。
・ 内服を忘れた場合は、翌日内服します。
SU薬(血糖依存性インスリン分泌促進薬)
・グリベンクラミド(ダオニール®、オイグルコン®)
・グリクラジド(グリミクロン®)
・グリメピリド(アマリール®)
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❑特徴
➢ インスリン分泌を促進し、血糖値降下します。
➢ 微小血管症抑制のエビデンスがあります。
➢ 高度の肥満例(インスリン抵抗性の強い)にはよい適応でありません。
❑ 注意点
➢ 高齢者では低血糖の危険性が高いため、少量からの投与開始が勧められます。
➢ 腎機能・肝機能が低下している場合は、減量や中止が必要です。
➢ 重症腎機能障害(eGFR=30ml/分/1.73m2未満)は禁忌です。
➢ 食事量が1/3以下の時は中止します。
➢ 併用薬により低血糖をおこす可能性があります。
(DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬、抗不整脈薬、ミューキノロン系抗菌薬など)
グリニド薬(血糖非依存性インスリン分泌促進薬)
・テグリニド(ファスティック®、スターシス®)
・ミチグリニドカルシウム(グルファスト®)
・レパグリニド(シュアポスト®)
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❑ 特徴
➢ インスリン分泌を促進し、服用後短時間で血糖値を降下します。
➢ 短時間で作用が消失します。
❑ 注意点
➢ 毎食直前の服用が必要で(5~10分程度前)。
合剤について
チアゾリジン+メトホルミン |
メタクト配合錠LD®、HD®
ソニアス配合錠LD®、HD®
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グリニド+αグルコシダーゼ
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グルベス配合錠® |
DPP-4阻害薬+チアゾリジン
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リオベル配合錠LD®、HD® |
DPP-4阻害薬+メトホルミン
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エクメット配合錠LD®、HD®
イニシンク配合錠®
メトアナ配合錠LD®、HD®
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DPP-4阻害薬+SGLT2阻害薬
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カナリア配合錠®
スージャヌ配合錠®
トラディアンス配合錠AP®、BP®
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